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AUSTIN
HEALEY SPRITE MK-1
 1958年にこの世に登場した小型スポーツ・カー、オースチン・ヒーレー・スプライトMK1は、1930年代のモンテカルロ・ラリーなどで活躍したラリースト、「ドナルド・ヒーレー」が、第二次世界大戦後1953年に発表したヒーレー100(後にビッグ・ヒーレーと呼ばれるようになる)に続いて開発したものだ。ちなみに「スプライト」とは「妖精」を意味している。
 生産コストの低減とメンテナンスの容易さ、耐久性の向上などを目的として、英国製小型車としては初めて本格的なモノコック・ボディを採用したことでも知られている。フロントに縦置きされ、4速MTを介して後輪を駆動するエンジンは、ADO15(MINI)などにも使われていたBMC Aタイプの排気量948cc、水冷直列4気筒OHVを搭載している。圧縮比8.3と2基のH1型SUキャブレターを装備し、最高出力46ps/5300rpmと最大トルク7.2kgm/3300rpmを発揮した。モノコック・ボディのおかげで車重が650kgと軽かったため、最高速度は130km/hに達し、0〜400m加速は22秒と小排気量の車の中ではそれ相応のレベルにはあった。
 ボディは、当時のアメリカの安全基準に適合させるため、ヘッドライトをエンジンフードの上に突出させたスタイルから、アメリカやヨーロッパでは「フロッグ・アイ」、日本では「カニ目」の愛称で親しまれた。その高性能を買われて、レースにも数多く参加したカニ目のスプライトは大活躍し、ただものではないことをアピールした。英国本国では、価格が安価だったことから、特に若い人達を中心に爆発的な人気を集め、生産台数は1961年までに4万台が造られた。しかし、その80%以上は主にアメリカへ輸出された。アメリカ人のレーシング・ドライバーの中で、このオースチン・ヒーレー・スプライトでレースを始めた者も多いはずだ。スプライトMK1は、1961年にスプライトMK2へと進化するが、そのスタイルはもはや「カニ目」や「フロッグ・アイ」とよばれたものではなく、ごく当たり前の没個性的なものになっていた。


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